1937年陸軍航空本部は三菱に対して好評を博した軽爆撃機キ―30を発展させた地上攻撃機の開発を命じた。 要求はキ―30よりも小型で運動性がよく狭い飛行場からでも離着陸できることであった。 エンジンは空冷の三菱Ha-26-II、武装は両翼に7.7mm機関銃1挺ずつと後部偵察員席に同口径の旋回式機関銃1挺を備え、爆弾は50kgを4個吊り下げるようになっていた。 初飛行は1939年7月。 その年の12月までに評価目的で7機の試作機が作られた後99式襲撃機として正式採用となり、三菱で1940年から1944年にかけて1,459機が作られた。 最初は中国戦線に派遣された後、南方方面に配備され広く使われた。 低速で敵戦闘機の前にはひとたまりもなかったが、操縦性がよくて整備がしやすく、前線の小さい飛行場からも作戦できたので重宝がられた。 1944年からは立川第一陸軍工廠でも作られるようになった。 日本が降伏した後、ジャワ、スマトラ方面に放棄されていた数機のキー51はインドネシア空軍の手に入り、オランダ軍と戦っている。 キ―51の連合軍のコードネームはソニアである。 1941年、満州飛行機製造株式会社の技術者が立川の陸軍工廠に送られ、キ―51の発展型を開発をした。 キ―71と名づけられた新型機は三菱のHa-112-II空冷エンジン(1,500馬力)を装備し、引っ込み式主脚を持っていたが、最大速度が470km/時しかでず正式採用とはならなかった。 キ―71は連合軍からエドナのコードネームを与えられている。
形式: 地上攻撃機 エンジン:三菱Ha-26-II 空冷940馬力 最大速度:424km/時(高度 3,000m) 航続距離:1,060km 上昇時間:9分55秒(5,000mまで) 上昇限度:8,270m 自重:1,873kg 全備重量:2,920kg 全幅:12.1m 全長:9.21m 武装:12.7mm 機関銃2挺、7.7mm 旋回式機関銃1挺、爆弾 200kg 生産台数:2,388
Elke C. Weal “Combat Aircraft of World War Two”, Arms and Armour Press, London 1977
Enzo Angelucci & Paolo Matricardi “World War 2 Airplanes”, Rand McNally, Chicago 1978
Bernard Fitzsimons ed. “The Illustrated Encyclopedia of 20th Century-Weapons and Warfare Vol.15”
Chris Bishop ed.“The Complete Encyclopedia of Weapons of World War 2”, Prospero Books, 1998
安藤成雄 “日本陸軍機の計画物語” 航空ジャーナル 1980別冊
佐貫亦男監修“第二次大戦機”徳間書店、1988
Rene J Francillon “Japanese Aircraft of the Pacific War” Putnam Aeronautical Books 1988
Robert C. Mikesh “Japanese Aircraft 1910-1941” Putnam Aeronautical Books 1990
航空情報編 「日本軍用機の全貌」
岡村純他「航空技術の全貌」原書房