昭和13年半ば、中島で開発を進めている一式戦闘機隼が陸軍のつきつける運動性と速度の両立という矛盾した要求を満たすため四苦八苦するいっぽうで、同じ中島の設計陣はこのころ世界の主流となりつつあった高速で一撃離脱戦法を得意とする戦闘機の自主開発を始めた。 中島の設計者達は格闘戦至上主義にこりかたまっている陸軍の束縛から逃れて自由な設計をしたかったのである。 運動性と速度を両立させようとする隼と違って、徹底的に速度と上昇力を重視、運動性は二の次という従来の発想を根底から覆す設計であった。 おりしも勃発したノモンハン事変では運動性抜群の九七式戦闘機が大活躍、陸軍の軽戦絶対の思想を裏付ける結果となったが、いっぽうではソ連が投入したI-16戦闘機による高速一撃離脱戦法にしばしば苦杯をきっする局面もあり、中島が開発中の重戦闘機に陸軍の目がむけられるようになった。 そして陸軍から正式にキー44の型式番号が与えられ、日の目をみることになったのである。
設計の基本構想は利用可能な最大馬力のエンジン 中島ハ41(空冷1200馬力)を搭載し、翼面積はできるだけ小さく、急降下に耐えるため機体の強度を高め、対爆撃機戦闘のため強力な火器を搭載するといった風に従来の考え方を根底からくつがえすものであった。
設計、試作は順調に進み昭和15年4月には試作機3機が完成した。 3ヶ月以上のテスト飛行を通じて種々の改良がなされ、最高速度は600km/時を越えるようになり、850km/時の急降下でも機体はびくともしなかった。 零戦21型は機体強度の関係で急降下速度を670km/時に制限していたのにくらべキー44の頑丈さは特筆ものであった。
陸軍は昭和16年6月にドイツからBf-109を購入、川崎で試作中であったキー61などとともにキー44の性能比較を行っている。 そのときは最高速度は三機ともほぼ同じ、キー44は上昇力とダッシュに優れるが着陸はいちばんむずかしいという結果であった。
キー44がはじめてあらわれたときパイロットたちは従来の戦闘機とあまりに対照的な姿に驚異と驚きの目でむかえた。 高速、優秀な上昇力にくわえ射撃の命中精度のよさに驚かされた。 反面慣れ親しんでいた九七戦などとはまったく違う操縦感覚と高い着陸速度がとまどいをあたえたが、若い進歩的なパイロット達からは新時代の戦闘機として絶対的な支持をえることとなった。
キー43隼は陸軍のみとおしのあやまりから武装は胴体にしか積むことができず、12.7mm機関銃2挺がせいいっぱいであったのに、キ44では主翼に20mm、40mm機関砲まで積むことができた。
いくら速度重視の重戦闘機といってもある程度の運動性は必要である。 キー44の最大の特長のひとつは蝶型フラップをはじめて採用したことである。
昭和16年秋、キー43「隼」が前線に配備されはじめたころ、キー44も部隊に編入されテストを続けながら戦力化することになり、審査主任の坂川少佐を隊長として黒江保彦大尉などそうそうたるメンバーによって独立飛行中隊が生まれたのは日米開戦のわずか1週間前のことであった。 開戦後ただちにマレー、シンガポール、ビルマと目まぐるしく転戦した。 その年の9月に制式採用が決まり、二式単座戦闘機「鐘馗」と命名された。 「鐘馗」は各型あわせて1225機が生産されたが、高い翼面荷重からくる操縦性の特異さがなじめず、よほどのベテランパイロットでないと使いこなすことができなかったため、戦争初期の独立飛行中隊は末期の本土防空戦をのぞけば、あまりはなばなしい活躍の場がなかった。 いっぱんに欧米の雑誌には、上昇力と急降下速度は相対した連合軍戦闘機に優ると評価され、日本としては革新的な戦闘機として好意的な意見が載せられている。
形式: 単座戦闘機 エンジン:中島ハ109 空冷1520馬力 最大速度:52 0km/時(海面), 605km/時(高度 5,200m) 巡航速度 400km/時 航続距離:1,620km 上昇時間:4分17秒(5,000mまで) 上昇限度:11,200m 自重:2,106kg 全備重量:2,993kg 全幅:9.45m 全長:8.78m 武装:12.7mm 機関銃4挺 生産台数:1,225
辻 俊彦「零戦ーアメリカ人はどう見たか」芸立出版
Elke C. Weal “Combat Aircraft of World War Two”, Arms and Armour Press, London 1977
William Green “War Plane of The Second World War Vol.3” Doubleday & Company, 1960
Enzo Angelucci & Paolo Matricardi “World War 2 Airplanes”, Rand McNally, Chicago 1978
Bill Gunston “Fighting Aircraft of World War 2”, Prentice Hall Press 1988
Bernard Fitzsimons ed. “The Illustrated Encyclopedia of 20th Century-Weapons and Warfare Vol.15”
Chris Bishop ed.“The Complete Encyclopedia of Weapons of World War 2”, Prospero Books, 1998
碇 義朗 “陸軍「隼」戦闘機” サンケイ出版 第二次大戦ブックス
“ AAHS Journal” Spring 1973
“Nakajima Demonology... the story of the Shoki” Air Enthusiast, July 1972