ラボーチキン La-5

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モデルは ITALERI 1/72

 1938年に開発されたソ連戦闘機のなかで、ドイツによる侵攻が始まった1941年の翌年の時点で、もっとも数が多かったのはLaGG-3であった。 木製で頑丈な機体であったが、ドイツのBf 109EやFW 190にはとうてい対抗しえなかった。 この機体に空冷エンジンを乗せ換えてよみがえったのがLa-5である。 LaGG-3の1,100馬力から1,600馬力への増力は多少の空気抵抗増加を補ってあまりあるものであり、性能のあらゆる面で格段の向上をみたのである。 捕獲されたドイツのBf109Fに比べても低空では時速が40kmも速かった。 機体の基本構造はLaGG-3を受け継いだが、プロペラシャフトから撃ち出す機関砲が不可能になった代わりに機首上部にShVAK20mm機関砲2門が取り付けられ、主翼の機関銃は除かれた。  この新戦闘機は当初LaGG-5と名付けられたが、ラボーチキン設計局の主要構成メンバーからゴルブノフ(Gorbunov)とグドコフ(Gudkov)が引退したので型式名は"La"だけとなり、La-5の型式が与えられた。 La-5は1942年11月のスターりングラードの戦いから本格的に投入され、主に地上攻撃に使われ、上空に上がっても速度、運動性においてドイツ機戦闘機と対等以上に戦った。 La-5は構造の簡単さ、頑丈であること、メンテナンスがしやすいことどんな悪条件でも耐えることなど伝統的なソ連戦闘機の特徴を備えていた。 生産ピッチはヤク戦闘機のほうが上がったが、パイロットが生きながらえて経験を積むことができたのはLa-5の頑丈さに負うことが多く、撃墜エースの半分以上はLa-5パイロットであった。 1942年になってラボーチキンはLa-5を木製構造からアルミニューム合金に替えることを検討し始めていた。 木製構造は軽量で頑丈であったが、金属に替えることによって機体内部に余分のスペースができ、より多くの燃料が積めるからである。 木金混合の構造で、より強力で燃料直接噴射システムを持ったM-82FN(1,650馬力)エンジンを備えたLa-5FNが1943年のクルスク大回戦で大活躍をした。

 
性能諸元(La-5FN)

形式:単座戦闘機   エンジン:シェヴィツオフ Ash-82FN 空冷1,850馬力   最大速度:648km/時(高度:6,400m)   航続距離:765km   上昇時間: 4分42秒(5,000mまで)  上昇限度:9,500m   自重 2,605kg   全備重量:3,360kg   全幅:9.8m   全長:8.67m   武装:20mmShVAK機関砲2門、爆弾 300kg   生産台数:約10,000

参考文献

Elke C. Weal “Combat Aircraft of World War Two”, Arms and Armour Press, London 1977
Enzo Angelucci & Paolo Matricardi “World War 2 Airplanes”, Rand McNally, Chicago 1978
Bill Gunston “Fighting Aircraft of World War 2”, Prentice Hall Press 1988
Bernard Fitzsimons ed. “The Illustrated Encyclopedia of 20th Century-Weapons and Warfare Vol.24”
Chris Bishop ed.“The Complete Encyclopedia of Weapons of World War 2”, Prospero Books, 1998
Enzo Angelucci & Paolo Matricardi “Combat Aircraft of World War 2 1941-1942”
Bill Gunston “Aircraft of the Soviet Union”